書けない日は、何もない日ではない。
言葉になる前のものが、まだ体の中で沈んでいるだけのことがある。
昔の記事は、書けない状態から早く抜け出す方法を探していた。
今読むなら、抜け出すことだけを急がなくてもいいと思う。
読んだり、歩いたり、机の上を片づけたりする。そういう小さな動作の中で、言葉は少しずつ戻ってくる。
書けない時間にも、あとから理由になるものは残っている。
書けない日は、空白ではない。
元記事: 記事が書けないときにどうするか
公開日: 2019-06-18
書けない日は、何もない日ではない。
言葉になる前のものが、まだ体の中で沈んでいるだけのことがある。
昔の記事は、書けない状態から早く抜け出す方法を探していた。
今読むなら、抜け出すことだけを急がなくてもいいと思う。
読んだり、歩いたり、机の上を片づけたりする。そういう小さな動作の中で、言葉は少しずつ戻ってくる。
書けない時間にも、あとから理由になるものは残っている。
書けない日は、空白ではない。
空白をすぐ埋めようとしないことも、書くことの一部なのだと思う。